永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

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親を大切にしなければならない

2011.1.10

ここ数日、お寺の行事などいろいろ余裕がなく
更新ができませんでした。
ご心配いただいた方、ブログをを見に来ていただいた方、申し訳ありませんでした。


<前回からの続きです>

言葉とはもともと限定された条件のもとでしか通用せず
全ての状況にあてはまるものではないのに
私たちは、その言葉にとらわれ振り回されることが多いのだと

私は考えています。

その例として、
「 ウサギ と カメ のお話」
「 人間の差別心のお話 」
などをあげました。


そして懲りずに
もうひとつ例をあげたいと思います。

「 親を大切にしなければいけない 

この想いは言うまでもなくとても大切な想いです。
この想いがあるからこそ良好な親子関係が築くことができ、健全な子供の発育も期待できます


でも状況が変わるとどうでしょう


親が年老い、病気がちになり、そしてついに寝たきりになってしまった
最初は親を大切にしなきゃと思って、はりきって介護をしていても、
それがだんだん精神的にも、身体的にも、経済的にも負担が積み重なって疲弊する
おまけに、痴呆になってしまって、急に怒り出すし、息子である自分のこともわからない

でも、自分の親だから介護をしなければならない
どんどん重荷になってくる
極限まで追い込まれることがある。


「 親を大切にしなければならない 」と思えば思うほど、辛くなる。



このように心が苦しく追い込まれた場合などは
「 親を大切にしなければならない 」という想いを
思いきって捨ててしまいます

そして敢えて他人のような感覚から、
心の苦しさから解放された状態で、再び介護を見つめるようしたほうが良いと思います。


私たちはこのように、

現実に適用できない状況の言葉に振り回されて
その言葉にとらわれることによって、
その思いにこだわってしまうことによって

苦しんでしまうことが多いのではないかと思うのです。


( 仏教はもともと、言葉をよりどころとはしていません
  究極の目標である「 悟り 」は言葉で表すことができない
  それを「 不立文字 」といいます。

  悟った人が
  「 悟り 」の境地を「  」と言葉で表現したとしても、
  その他の人がその「  」という言葉にこだわってしまったら
  その他の人は「 悟り 」に至らないことになります

  という分かりづらい禅問答はひとまずおいて(汗) )


余談ですが、
「 親を大切にしなければならない 」という想いを
(場合によっては)捨てるのが仏教です。

という発表をしましたら、
仏教は親孝行を大切にするんじゃないのか?」
との指摘を受けたことがあります。

これは、仏教の説教や法話が
とても道徳的なお話が多いことが影響しているのだと思います。


どんなにつらくても我慢して親孝行の思いを貫きなさい。
そうすれば社会全体の秩序が保たれ、平穏で住みやすいものになります。


というのは仏教でなく儒教の教えです。


仏教をひらいたお釈迦さまは、
王位を投げ打って「 出家 」してしまった、ある意味、最大の親不孝をされた方でもあります。


仏教はいわゆる道徳ではないのです


その道徳を覆すぐらいの覚悟を持って、
苦しみの原因である思いをなくすことに挑む教えだと思うのです。
<続く>



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コメント
おはようございます。
良いお話の記事、ありがとうございました。拝読しました。
寒さが一段と厳しくなっていますので、お忙しい毎日、お体には気をつけて下さい。
2011/01/11(火) 09:22 | URL | カンナ #-[ 編集]
もしも
もしも今、苦しんでいる事があるとしたら、
そこから少し距離を置いて、離れた所から見たらどうだろう?という、提議だと思います。

親の一番の願いは、「子供の幸福」です。
自分が、その幸福を奪っているとしたら、どんなに悲しむ事だろう、と思うのです。
そういう意味で、
「今、親の介護、看護が苦しい」と思ったら、
例えば、デイ・ケアにお願いしてみるとか、
他の兄妹に一日でいいから、看護をお願いして、
自分の「自由な」時間から、改めて「大変」だと思っている介護を眺めてみると、案外、
自分の、「しなければならない」気持ちが、自分を苦しめてしまっていると、
気付く事ができるかも知れません。

多分、健岳さんは、そういう事を仰りたいのだと思いながら読んでいます。
確かに、お釈迦さまは親、妻、子を捨てるという、不孝をされたけれど、
結果として、母親も妻も、子も、お釈迦さまの弟子になって
最後はしあわせに暮らしたと仏陀の本で読んだ覚えがあります。

人類の幸福の為に、敢て、茨の道を歩まれ、それが家族にも伝わる程、尊い道だったのだと思います。
2011/01/11(火) 20:14 | URL | 白い月の風 #k9MHGdfk[ 編集]
Re: おはようございます。
カンナさん
コメントありがとうございます。

お読みいただいて嬉しいです。
ありがとうございました。

またお気遣いいただきありがとうございます。
カンナさんご自身も、寒い折、くれぐれもお身体ご自愛くださいね♪
2011/01/11(火) 20:58 | URL | 建岳 #-[ 編集]
No title
こんばんは^^

うーん。
面白いですねぇ。
益々仏教に興味が湧きました。
仏教について書かれた初心者向けの本で、
建岳さんのオススメが有りましたら教えてくださいm(_ _)m
2011/01/11(火) 21:21 | URL | うるちん #-[ 編集]
Re: もしも
白い月の風さん
コメントありがとうございます。

私の表現の行間を汲み取っていただいて恐縮しています。
その通りだと思います。
自分自身を苦しめている思い、とらわれに気付くことが重要だと思っています。
そしていったんそこから解放されることが、より良い状況を生み出すことにつながるのでは と思います。

お釈迦さまのお話のように
短い目で見れば親不幸も、長い目で見れば親不幸でないこともありますので、

「言葉にとらわれないようにする」
ことが大切なのだと思います。

もちろん
言葉にとらわれずに自分の苦しみ状態から抜け出すことに意味があって、
言葉にとらわれずに何をやってもよい。という文意ではありません。

表現は難しいです(汗)
行きすぎた表現などありましたら申し訳ありません。
2011/01/11(火) 21:22 | URL | 建岳 #-[ 編集]
Re: No title
うるちんさん
コメントありがとうございます。

はい♪
ひろさちや さんの
「もっと自由に生きるための 『禅入門』」(三笠書房)
がお薦めです♪

親しみやすい禅語の紹介を交えながら
苦しみを取り除く「禅」について分かりやすく書かれていると思います♪
2011/01/11(火) 21:32 | URL | 建岳 #-[ 編集]
No title
オススメありがとうございます^^
読ませていただきますm(_ _)m
2011/01/11(火) 21:55 | URL | うるちん #-[ 編集]
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