永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

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「四聖」

続きです。

四聖」とは、4つの聖なる世界のことです。仏教の究極の目的とは、迷いの世界とも言われている六道を永遠に廻りめぐる六道輪廻から、この四聖の世界、いわば悟りの世界へ到達することなんですね。

ではその4つの聖なる世界とはどんなところでしょうか。

これらは単に、悟りの世界として一つの世界としてまとめていいかもしれないと個人的には思います。それでも4つに分かれていますので説明しますと、声聞(しょうもん)、縁覚(えんがく)、菩薩、仏という4つの世界です。

声聞は仏の声を聞いて悟るものが住む世界です。縁覚は自らひとり悟るもの、つまり悟りには至ったけれども、その悟りの境地をほかの人に広めようとしないんです。人々を救おうとする前段階の世界です。菩薩は未来の仏の世界です。仏になることは約束されているけれども、あえて人々を救うために、仏にならないで私たちにより近い立場で修行するものの世界。そしては自らも悟り他人をも悟らせつつある人です。

阿弥陀如来(如来は仏の別名です)や弥勒菩薩など、仏や菩薩像はよく目にしますが、声聞像や縁覚像は見たことがないですね。もちろん信仰の対象にならないのでしょうが・・・。

この悟りの世界が4つにわかれているのは、大乗仏教の考え方が反映されているのですね。
大乗仏教とは・・・と、説明しだすと話の本質からそれますので、また別の機会にしたいと思います。
ちなみに、六道と四聖をあわせて十界として六道十界といったり、六道四聖とも呼ばれることもあります。

話を戻しますと、仏教の究極の目的とは、迷いの世界六道輪廻の悪しきサイクルから抜け出して、この悟りの世界へ到達することなんです。

ここでみなさん。悟りの世界とは何か。4つの悟りの世界を説明したところですぐイメージが浮かぶようにはなかなかならないと思います。なるはずがありません。比較的、六道については身近に感じられイメージも持ちやすいのに、悟りの世界については、まず「悟り」というものを理解しなければならないからです。

でも、その悟りの世界のイメージの話の前に、もっと根本的なそもそもの話をしなければならないと思います。
私たちが今後生まれ変わりを繰り返して、いつか悟りの世界へ・・・というと、すいぶん気の遠くなるような話の気がします。悪いことをして地獄に落ちることはいやだし、できれば天に生まれ変わりたい。その先のことはよくわからない。悟りの世界?まぁよくわからないしいいか。 ということになりかねません。

この六道十界は、これから数百年とか数万年とか長ーいスパンで考えて悟りの世界へいけたらいいねというものではないんです

今生きている私たちに突きつけられている問題なんです。<続く>
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