永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

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名前とアイデンティティ

2012.2.6
前回⇒からの続きです。

「 結婚して姓が変わると、
  なんだか今までの自分じゃない気がする

  新しい呼び名で呼ばれても
  誰のことかよく分からないし、

  今までの呼び名の私
  一体どこにいったんだろうという感じ。 」


大学時代の女性の友人が
結婚するときの言葉です。

男性である私は、
結婚したとしても姓が変わることはほとんどないので、
それまで、全く想像すらもしたことがなく、

「 あ~、女性は、こんな大変な問題を抱えているんだ 」

と、とても驚いたことが、
今でも強く印象に残っています


名前を知っているか知らないかだけで、
心理的距離が大きく違ってくると前回書きましたが、


名前というものは
本人、個人にとっても、
とても大きな影響があるものだと改めて感じています。

名前を変えると
アイデンティティ自己同一性 )が切り替わってしまうような。


考えてみますと、
私の本名は、「 健一 」です。

お寺の世界に入りまして、
法名として「 建岳 」という名前になっています。

つまり、
名前が2つあるのですが、

やはり、
お坊さんの名前である「 建岳 」と呼ばれる場合は、
無意識のうちによりお坊さんらしい態度をとっている気がしますし

本名の「健一」と呼ばれれば、
より素の自分になってしまうような気がします
( もちろんそのような2面姓が無いのが本来の僧侶の姿なのでしょうが(汗) )


みなさんも、
ブログを書くときにHN(ハンドルネーム)やペンネームをつかっているときは
本来の自分と少し別人格のように感じることもあると思います。



私は以前、
このブログで
心に深刻な苦しみを抱えている人について、
「 短期出家 」構想を書いたことがありますが、
⇒http://eishojikengaku.blog33.fc2.com/blog-entry-75.html

その構想の要の一つは、
まさに、「 名前を変える 」ことで、
今まで苦しんできた自分に一旦精神的な区切りをつけて
新しい名前で人生を歩み始めるというものです。


昔、武士などの名前は
生まれたときは「 幼名 」が名付けられ、
元服(成人)するときに改めて名前が与えられていました
また、
それから出世するごとに何度も名前が変わることもありました。

その度に何度も
それまでのアイデンティティを塗り替えてきたのだと思います


心の苦しみ、悩み多き現代日本社会です。
成人しても選挙権やお酒、たばこが認められるぐらいの違いで、
なかなか精神的な区切りをつけることができません。


名前を変えることによる精神的効果の再評価。
現在の私たちに必要なことではないかと思っています。
<続く>



⇒関連記事「名前の力」シリーズ





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コメント
No title
結婚してもう、20年以上が経ち、すっかり婚家の苗字が身についてしまいました。
旧姓については、既に、呼ばれても振り返れない自分に改めて驚いています。
以前、書きました「名」と言う字について書きますね。
白川静先生の「字通」に拠りますと、
名と言う字は、夕+口になります。
夕は=肉であり、口=捧げ物を入れる入れ物。
子供が生まれて3月になると、家廟に告げる儀式が行われ、その時に名をつけた。
命名は祖霊の前で行われ、加入儀礼としての意味を持つ。
とあり、
名前とは、当に神との契約である事が分かります。
意味あいとしては、名付ける、物の呼び方、誉れ、手柄、記す、目の上、眉と目の間
などの意味を持ちます。
このような事から、軽々しく名付けるのは、望ましい事では無いと言う事が分かります。
恥ずかしくない名をもって、良しとする訳です。
2012/02/06(月) 21:06 | URL | 白い月の風 #k9MHGdfk[ 編集]
No title
こんにちは。

私の実家は邦楽を生業としており、家元制度を今だ守っています。一人前と認められた特、家元から名前を頂戴します。いわゆる名取りになることですが、これが大変。同じ世界にいても自分をとりまく状況ががらりと変わってしまうのです。最初は、身に余る扱いを受け当惑するのですが、名前に負けないようにと自分を励まし何とか追いついて行くという感じです。

名前を自分のものにするにはその芯になるものが必要なのでしょうね。
2012/02/08(水) 04:10 | URL | あやみ #-[ 編集]
Re: No title
白い月の風さん
コメントありがとうございます。

旧姓、現姓の違いは、
男性である私にはなかなか実感できないものですが、
女性にとって大きな問題だと改めて感じています。

漢字の成り立ちはとても不思議なものですね。
文化、風習、歴史などさまざまな形成過程を経て成立しているが故に、

その本質的な意味を表しているのだと思います。

以前、子どもに「悪魔」と名づけようとした両親が話題になったことがありましたが、
やはり、軽々しいものではないと感じます。

「名は体を表す」ですね。
2012/02/08(水) 11:38 | URL | 建岳 #-[ 編集]
Re: No title
あやみさん
コメントありがとうございます。

あやみさんは邦楽の家元の家庭のご出身なんですね。
伝統、歴史、文化を肌身で感じてこられた方だということが、
ブログの文章を拝読させていただいて、より一層感じます。

伝統芸能の世界の襲名はまさに、
名前を変えることによって、自身と周囲が相乗効果で激変するという、
もっともその変化が顕著な世界だと感じています。

ですから、私たち一般社会でも、
名前を変えることによって、
つまり、なりたい姿を名前にすることで、
よりその姿に近づこうとする効果を、より多くの人が試してみる価値があると思っています。

でも、
名前だけが自分の実態とかけ離れてしまうことがあるかもしれません。
仰るとおり、「芯」になるものが必要なのだと思います。
2012/02/08(水) 11:59 | URL | 建岳 #-[ 編集]
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