永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

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夢を持ち続ける信仰心

2011.11.10
前回⇒からの続きです。

「 顕在化している信仰心
  夢を持ち続ける根拠になり得ます 」

何故なら、
「  」がそれを望んでいるのですから、
これ程心強いことはありません

辛いことや困難があっても
全知全能の神自分に与えた試練だと思えば乗り越えられるかもしれません。

しかも
「 神は乗り越えられない試練を私に与えない 
とすら信じていれば、なおさらです。


この信仰心の究極のカタチは
マザー・テレサでしょうか。


マザー・テレサは、
インドカルカッタ子どもたちへの慈善活動
まさに全身全霊で尽力されます。


周囲が、運営資金など様々なことを心配しても
全く揺るぎません。全くぶれることがありません。

「 大丈夫です。神がそれを望んでいるなら成功します。 」

「 もしダメなら
  それはただ、まだ神がそれを望んでいないだけのことです。 」


何も迷わない何も怖れない
ただひとつ。目の前の子どもたちを救う。そのことのみ。


「 私が決めるのではなく、全ては神が決めること私は努力するのみ。」
という境地。



私たちは
結果の成否や、過程での困難、未来への不安など、
様々な理由で、
夢に対して怯んだり躊躇したりすることがあります。

「 果たして成功するだろうか? 」
「 失敗したら(私は)どうしよう 」
「 うまくいかなかったら、私は周囲からどんなことを言われるだろう 

自分自身が選択したことについて、その責任を自身で抱え込もうとするほど一層
夢の継続への負担がのしかかります。


それを、自分以外の存在に

「  」という絶対的な存在に委ねる(委ねきってしまう)ことが、


夢を持ち続け、信じ続ける大きな原動力になり得ると思います。
<続く>




関連記事⇒「心のよりどころ」シリーズ





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コメント
マザー
キリスト教の下で、シスターからマザーへと変っていく時点で、
既にその人の心は神と共にあるのでしょうね。
キリスト者となり損なった私には、真似できない事です。
が、夢だけは持ち続けたいと思います。
2011/11/10(木) 19:04 | URL | 白い月の風 #k9MHGdfk[ 編集]
Re: マザー
白い月の風さん
コメントありがとうございます。

「 神 」に全てを委ねて信じていく道。

これは、ある意味、
全ての責任を自分で背負い込むことと真逆のことだと思います。
そして、
私たちの苦しみを克服する一つの道だと思います。

しかし、
仏教者はまた別のアプローチで苦しみの克服を目指すのでしょうね。

私も夢を持ち続けていきたいです。
2011/11/10(木) 22:04 | URL | 建岳 #-[ 編集]
No title
こんにちは
初コメントです。
続きから先に読んでしまったので、ここでの「神」はキリスト教の神???と読み始めたら、キリスト教の信仰の話だったのですね。
私がキリスト教の信仰にふれたのは4歳の時ですので、何も考えずにそのまま信じてしまったのですが、で、仏教とか神道は法事と結婚式のため(すみません)と思い込んでいたのですが、多神教と仏教の文化の中で育った日本人には、西欧的なクリスチャン思想は理解しづらいのかもしれませんね。
最終的には全部深いところでひとつにつながっているのではないかと、クリスチャンらしからぬことを考えてしまう私です。
2011/11/11(金) 13:19 | URL | Sakulanbo #ZPPmqLno[ 編集]
Re: No title
Sakulanboさん
初コメントありがとうございます。

「最終的には全部深いところでつながっている」でしょうね。
私もそう思います。

人は弱いもので、
何らかの心のよりどころが必要であって、

宗教とは、
そこで最も必要とされ効果を発揮するものだからと思います。

アプローチが違うだけ・・・、
そのアプローチの違いが大きな違いを生み出すのかもしれませんが。

西欧の方と日本の宗教思想の違いは、本質的、根本的に異なっていますね。

日本仏教は仰るとおり、
葬儀、法要のものになっていますが、
もう一度、メンタルヘルスに寄与する宗教のあり方として
見直していきたいと思っています。
2011/11/11(金) 17:22 | URL | 建岳 #-[ 編集]
No title
お邪魔します。

「夢」

自分を振り返ると、確固たる「夢」を持ったことがなかったように思います。
故に、夢に向かって努力したような記憶があまりありません。

しかし今の自分が在ることは、夢とは自覚していなかったり、努力したという記憶が薄れているからかもしれません。

目の前の、小さな「善きこと」を自然体でできたらいいなあ、というぐらいしかありません。

「神は乗り越えられない試練を私に与えない」

テレビドラマ「JINー仁ー」で、初めてその言葉に触れました。(恥ずかしながら)
勇気が出る、いい言葉ですね。
同じ局面を前の前にしても、この言葉を知っているか否かで、大分違うように思います。

いつもいいお話、ありがとうございます。
2011/11/12(土) 07:21 | URL | お夕 #wikz35BA[ 編集]
No title
ご訪問 ありがとうございました。

最近 滝行に嵌りまして、

「天地の神と同根なり」という六根清浄大祓の一説を思い出しました。

ん~、シンクロしてますね~。

これからも、色々教えて下さい。

宜しくお願いいたします。
2011/11/12(土) 20:09 | URL | キャサリン #-[ 編集]
Re: No title
お夕さん
コメントありがとうございます。

人は本来弱いものだと思います。

何かの試練や困難にであったときに
そこに向かっていくのか、怯んでしまうのか。

「神は乗り越えられない試練を私に与えない」
という言葉が支えになったり、
何らかの根拠がないと、そのプレッシャーを跳ね返せないのではないかと思っています。


自然体で小さな「善きこと」を行われる姿勢。

とても素敵で素晴らしいと思います。
私もそうありたいです。
2011/11/12(土) 20:28 | URL | 建岳 #-[ 編集]
Re: No title
キャサリンさん
コメントありがとうございます。

「天地の神と同根なり」ですか。
なるほど。シンクロしていますね。

自分という我を滅し尽くして、自然や神と同化するような境地でしょうか。

それにしても
滝行とは凄いですね。

私も滝行をして身心を鍛えなおさないといけないです。

こちらこそよろしくお願いいたします。
2011/11/12(土) 22:21 | URL | 建岳 #-[ 編集]
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