永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

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選挙は政策で選ぶか? 人で選ぶか?

2011.1.19
前回からの続きです。

私たち人間は
しばしば、現実とは違う「 言葉や想いの世界 」にとらわれてしまいます

そしてそのことに、なかなか気づけないことが大変大きな問題だと思います


今回は突然ですが、
表題にあげた
「 選挙は 政策で選ぶか? 人で選ぶか? 」
について考えてみたいと思います。


この問いに対してはいかがでしょうか?

「 もちろん 政策で選ぶべきだ 」
という方が圧倒的に多いのでしょうか?



  以前までは、政権公約と言っていたものが
  「 マニュフェスト 」といいかえられ
  いよいよ、政策によって投票する時代が来たっ

  選挙となると
  ニュース特番などでは必ず
  「 政策で選ぶことが大切です! 」
  と連呼され、

  各党が似かよった政策を提案しようものなら
  「 それでは国民が投票するのに困るから、
    もっと分かりやすい、政策の違いを出すべきだっ! 」
  「 政策の対立軸を作るべきだ 」
  などと言われ

  政策で選んで投票を行うことが、
  全く疑問のさしはさむ余地のない当然のこととして語られる風潮でいっぱいです。



しかし、「 政策で選ぶ 」は、こんなに大前提で語られるぐらい、本当に正しいことでしょうか


その一つ目の疑問は、

  例えば、あくまで例えですが
  ある人が、「 高校教育無償化には大賛成◎ 」で「 子ども手当については 大反対× 」という意見を持っているとした場合。

  両方とも民主党の政策なのですが、一つは大賛成もう一方は大反対の時
  その人は民主党を選ぶことができません
  そして同じように、他の政党の政策とも一致しない場合は、その人は政策で選ぶことができなくなってしまいます
  それでもなんとか自分が一番大切だと思う政策で投票を決めるのでしょうが・・・。

  ですから、選挙結果でどこの政党が勝ったとしても、どの政策が支持されたのか非常に曖昧になってしまいます


二つ目の疑問は、

  政治家が、国会の議論の過程で意見を変えることができなくなってしまいます

  「 消費税の増税には反対だとの公約で当選したが、
    やっぱりよくよく考えてみると、消費税の増税は不可避だ 」

  とある政治家が国会の議論を経て判断した場合

  政策によって選ばれているのであれば、意見が変わったことでその代議士の本質的資格を失い、辞任しなければならないと思います。


  そうすると
  国会の議論とは何か
  というお話になります。
  議論をすれば、相手の意見を尊重したり、妥協するなど、
  当然意見が変化することが前提なはずです。

  そもそも意見が変化しないことが前提ならば議論をする必要がありません


これが三つ目の疑問につながりますが

  そもそも、自分たちの代わりに議論する人を、代議士として選ぶ
  間接民主制という制度は、人を選ぶものじゃないのか?

  直接民主制ならば
  われわれが直接意見をダイレクトにぶつけ合って物事を決めればいいのです。

  しかし
  この間接民主制というのは、
  われわれの代わりに議論する人を選び
  その代議士たちの議論と判断に「 委ねる 」制度なんです。
  そもそも、代議士たちにある程度、委任する制度なのです。


その意味で私たちは
現在の多様な価値観、目まぐるしく変わる状勢などに素早く対応できるような
総合的な判断力と、調整能力柔軟性、そして国民に対してアピールしていけるような
人物を見定めて投票できると良いのではないか?



大変長くなりましたが、
「 政策で選ぶ 」を大前提とすることに対する疑問をだしてみました
もちろん
「 人物で選ぶことを大前提にするべきだ 」との主旨ではありません



むしろこんなにも疑問を挟む余地のある
「 政策で選ぶ 」を
なぜ、私たちは「 金科玉条 」のように思ってしまうのか


その危険性について考えてみたいのです。
<続く>



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コメント
言葉の次元
ニワトリの卵辺りから、言葉の「真実性」について、
お書きになられているように感じています。
そして、どれが、「正しいか」ではない所が、この問題の難しい所です。
「これは正しい」「これは正しくない」というのは、その人の気持ち次第ですね。が、本当にそれが、真実なのか、という事になると、
また考え方が違ってきてしまうんですね。
この辺りの説明が難しくて、コメントでも困ってしまいます。
健岳さ~ん、助けて~(笑)
2011/01/19(水) 22:53 | URL | 白い月の風 #k9MHGdfk[ 編集]
No title
こんばんは^^

僕の住む選挙区では、松下政経塾を出ただけの何の経験も無い民主党の若手が選ばれました。
落選したみんなの党の候補者は官僚出身の実務経験者。
結局、選ばれたのは民主党の候補者でしたが、納得行かないものを感じました。
うーん。

2011/01/19(水) 23:11 | URL | うるちん #-[ 編集]
Re: 言葉の次元
白い月の風さん
コメントありがとうございます。

なるほど、正しさはその人の気持ち次第で決めることで
本当に真実なのかどうかは、別次元の話だということですね♪

私は、人が思っていること、考えていること、そして言葉が
いかに人間を縛ってしまっているのか、
その不思議さに驚いています。

その人間の不思議さが苦しみを生みだすのだと思っています。
2011/01/19(水) 23:47 | URL | 建岳 #-[ 編集]
Re: No title
うるちんさん
コメントありがとうございます。

政策だけで選ぶのであれば
それは政策ごとの国民投票制度をちゃんと整備しなければいけないんですよね♪

間接民主制とは、やはり人を選ぶものであるという観点は大切だと思います。

今はそれが全く無視されてしまう現象が起きてしまっているのですね。
おかしなことです。
2011/01/19(水) 23:52 | URL | 建岳 #-[ 編集]
言葉の魔法
本当ですね。
自分で思っていることや考えて居る事に固執し過ぎて、
人との争いごとが起きたり、自分を損な回り役にしてしまったり、
言葉は私達を縛り付ける、魔法の綱の様ですね。

日本には古くから、「言霊」という言葉が生きています。
言葉に神が宿るのです。
正しく、不思議な出来事ですよね。
2011/01/20(木) 21:54 | URL | 白い月の風 #k9MHGdfk[ 編集]
Re: 言葉の魔法
白い月の風さん
コメントありあとうございます。

言葉の魔法「 言霊 」ですね♪

われわれ僧侶が詠むお経はまさに
この「 言霊信仰 」に依って成り立っているものです。

「 言葉の不思議さに振り回されず
 その危険性を充分理解した上での 」

言葉の表現に取り組んでいきたいと思っています!
2011/01/20(木) 22:56 | URL | 建岳 #-[ 編集]
No title
なるほどと腑に落ちることです。
人というとても複雑で単純で自身であり他人である存在。
選挙の際に、その人の言葉を聴くだけでなく
僕自身としては次の機会にはその方と少しでも言葉を交わしてその上でゆだねるように心がけようと思いました。
正解ではないかもしれませんが、その方が自身にとって心地よく感じるようにおもいます。

考える機会、ありがとうございます。
2011/01/23(日) 04:32 | URL | keiraku 管理人です #-[ 編集]
Re: No title
keirakuさん
コメントありがとうございます。

腑に落ちるとのコメントありがとうございます。
やはり人に委ねる制度であることが根幹だと思います。

にもかかわらず、
「 政策で選ぶこと 」が絶対不可侵の大前提のように
語られることを危惧しています。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2011/01/24(月) 20:49 | URL | 建岳 #-[ 編集]
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