永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

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現実を生きること

2011.1.18
前回からの続きです。

仏教はそもそも
「 現実常に寄り添うこと 」を目指しています。
現実のみを生きることを目指しています。


その現実と常に寄り添う境地を体得できれば、それが 「 悟り 」 なのです。


それなら、
私たちは現実を生きている人ばかりだ と思うかもしれませんが、


実は、私たちは
現実を生きているようで現実を生きていないのです。


むしろ 自分の思考想いの中に生きていること が多いのです。


例えば
人は例外なく、誰でもいつか亡くなってしまいますが、(諸行無常)
私たちは「 なんとか生きていてほしい 」「 死にたくない 」などと
現実と違うことを願っているものです。


そして、現実とのギャップに苦しみます


あるいは
「 もっと美しくなりたい 」
「 もっと賢くなりたい 」
「 もっとお金持ちになりたい 」
 ・・・・・

など、さまざま想いを持ち続けている私たちは

常に「 現実と違うこと 」を願い想い続けている存在なのかもしれません。



だから人間は苦しむのだと
現実と違う想いにとらわれるから苦しむのだと

常に思考、想いというバーチャルな世界で生きているからこそ苦しむのだと



仏教は、そんな苦しむ私たちに語りかけます。



「 ただ現実のみを生きなさい 」と。



前回取り上げた
「 ニワトリが先かタマゴが先か 」については
その正解が何かではなく、


いかに私たちが、その言葉、想い、概念、思考など現実と違うことにとらわれ
ともすれば、現実よりも優先させてしまうという


私たちが気づかないうちに持ってしまっている
その 「 危険性 」 について考えてみたい という主旨でした。


次回も同様の主旨で例をあげたいと思っています。
<続く>



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コメント
こんばんは。
今日の建岳さんの記事は、少し前に観た洋画の中で、死に逝く母親が娘に残す言葉のシーンを思い出すことが出来ました。 それは、「今、手の中にあるものを愛しなさい。無いものねだりはやめて、今、手の中にあるものを愛すの。そして何事にも愛をこめてするのよ」 って。
建岳さん、いつも心温まる記事を、ありがとうございます。
2011/01/19(水) 17:46 | URL | カンナ #-[ 編集]
Re: こんばんは。
カンナさん
コメントありがとうございます。

>「今、手の中にあるものを愛しなさい。無いものねだりはやめて、今、手の中にあるものを愛すの。そして何事にも愛をこめてするのよ」

これは素晴らしい言葉ですね♪
今あるものに満足しなさいではなく、手の中にあるものを愛し、何事にも愛をこめてするのですね。

愛や心をこめてただ今この時を生ききる境地。

そうなれば、何も怖れることはありませんね。
もし完全にそうなくても、少しでも目指して近づいていくことが大切なんだと感じました♪
ありがとうございます。
2011/01/19(水) 22:25 | URL | 建岳 #-[ 編集]
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