永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

臨済禅師、悟りの瞬間

2012.4.6
⇒前回からの続きです。


臨済宗の宗祖である臨済禅師は、
真面目に修行をしていたある日、


悟りの奥義師匠・黄檗3度、質問しに行って、

3度とも
棒で何発も叩かれて帰ってきて、

大愚禅師に
なんて親切に教えてもらっていたのだ」と言われた瞬間に、

ハッ!
悟ったといわれています。


一体、叩かれ続けただけで
何に気付くことができるというのでしょう?

どんな心境の変化が起こるというのでしょうか?

その、
臨済禅師の心の変化を私なりに想像してみたいと思っています。



悟りを目指して真面目に修行をしていた臨済禅師
初めて師匠・黄檗のもとへ質問をしに行った時は、どのような心境だったでしょうか?

「 きっと、悟りに至る方法を教えてもらえるに違いない。 」
「 私が、悟りに至るまでに足らないところを指摘していただけるだろう。 」
「 こんなに真面目に修行をしているのだから、もしかしたら、認めて(褒めて)もらえるかもしれない 」

期待半分、不安半分!? 極度の緊張!?など、
入り混じった複雑な心境で質問しに行ったのだと思います。

「 悟りの奥義とはなんでしょうか? 」

質問が終わるや否や!?
臨済禅師は棒で叩かれます

まさかいきなり叩かれるとは思っていなかった臨済禅師はびっくりします!

そして、
叩かれ続けながら、
「 申し訳ありません 
「 質問した内容が失礼だったのでしょうか? 」
「 私の修行態度に問題があったのでしょうか? 」
「 私は今まで真面目に修行してきたつもりなのに、
  何故、私は叩かれなければならないのでしょうか? 」
「 これまでの私の修行に問題があるのであれば、
  一体、これから私は、どんな修行をしていけば良いのでしょうか? 」

など、心の中で、
さまざまな想いと疑問が廻り廻っていたのです。

2度、3度と質問に行っても、
まったく同じように叩かれ続けます

そのうちに
ふつふつ大きな疑問、もやもやが心の中から湧き出てきます。

「 何かがおかしい? 」

でも、結局、
何かおかしいとは思っても、
それが何かはわかりません。

自信を失い、これからどのように修行をしていいのかも分からなくなってしまった臨済禅師
師匠・黄檗の元を去ります。


そして、大愚禅師の元へ。

その道すがら!?
ずっと、その意味を考え続けています

わからないクイズの答えを考え続けているように。

「 何かがおかしい 」
「 何がおかしいかは分からないけれど 」
「 師匠・黄檗は何故、私を叩き続けたのだろうか? 」
「 私に何の落ち度があったのだろうか 」


ああでもない。こうでもない。
悶悶としています。ぐるぐると思考が頭の中を廻ります


大愚禅師のところに辿りついた時、つい愚痴のようなことをこぼしてしまいます。
「 私に一体何の落ち度があったのでしょうか? 」

すかさず大愚禅師
「 なんて親切に教えてもらっていたのだ 」
といわれたその瞬間!


ハッ!


クイズが解けます。
「 痛いと感じていること、そのもの悟りの奥義かっ! 」
<続く>






関連シリーズ
⇒「 もうひとりの自分・無意識 」





「ご訪問いただいた方へ」
一日一回、3つのランキングボタンをそれぞれクリックしていただくと有り難いです。


ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

ヒーリング・フラワー・デー2012

2012.4.7

皆さま。

明日、4月8日は、日本全国癒しの日
「 ヒーリング・フラワー・デー 」です!
04081

年に一度、4月8日だけは、
癒しの雰囲気で日本中を包み込みましょう!というイベントです。


「友人、家族、大切な人に癒しグッズとプレゼントする日」
心穏やかに過ごす日」
仲直りする日

です。

永正寺では、9時30分から法要後、
先着184名様に癒しの花をプレゼント

そして、
3時からは川畠成道さんスペシャルコンサートです♪


お近くの方は
是非、ご参加いただき、
こころゆくまで癒しの雰囲気をご堪能くださいませ。


また、
是非、大切な方に、ヒーリング・フラワー・デー プレゼントをして、
癒しの一日を過ごしてくださいね♪




関連シリーズ
⇒「 ヒーリング・フラワー・デー 」





「ご訪問いただいた方へ」
一日一回、3つのランキングボタンをそれぞれクリックしていただくと有り難いです。


ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングへ

痛いと感じていること、そのもの

2012.4.14
⇒前回からの続きです。


臨済禅師は、いきなり師匠・黄檗に棒で叩かれ続けます


「 痛いっ! 痛いですっ!
  師匠なぜいきなり私は叩かれなければならないのでしょうか?
  私が何か悪いことでもしたのでしょうか? 」
             (臨済禅師 心の声:以下同じ)


  『 悟りの奥義とは、
    この痛いと感じていることそのものだ!どうだ、わかったかっ! 』
                (師匠・黄檗 心の声:以下同じ)


「 いきなり叩かれるなんて、辛いです。
  今までずっと、私なりに真面目に修行に励んできました。
  意を決して、悟りの奥義について質問に参りましたが、
  私には、まだ、その奥義を伺う資格がないのでしょうか? 」



  『 いや、小僧!
    違うのだ。お前がごちゃごちゃ考えれば考えるほど悟りから遠ざかる
    現実は、今、お前が痛いと感じていることのみなのだ! 』



「 師匠!
  私はわけもわからないまま叩かれ続けています。

  とても悲しいです。

  私はこれから一体どうしたらよいのでしょうか? 
  私は、私は、私は・・・ 」



  『 臨済っ!
    今、わしが言葉で説明することは簡単だが、
    せっかくここまできたのに、
    それでは台無しになってしまう

    それではお前はその奥義を体得できない
    悟りとは、自分自身、自らが気づかねばならないのだ! 

    お前は本当に、本当の痛みを感じているのか

    痛みを感じているのは、一体、誰だ? 』



このような心のやり取りがあったのではないかと
私は想像しています


そして、
臨済禅師は、ついに気づくのです。


「 私が、いろいろごちゃごちゃ考えていたこと、思っていたことは幻想だった。
  そして、その幻想こそが現実の自分の全てだと思っていた。

  それは間違っていて、
  ただ単に、痛みを感じていることこそが、現実の全てなんだ! 」と。


私たちは、子どものころ(今でも)
注射を打つとき
針が皮膚を刺す前から、恐怖におののきます。逃げ出したくなります。

そして、注射が終わった後も、泣き出してしまいます。

でも、
本当の現実は、針が刺さって薬剤を注入する間に感じるチクッとした一瞬の痛みそのもののみです。


臨済禅師は、
棒で叩かれ続けていたときに

師匠に認められていないと感じて悲しかったり、
プライドが傷つけられたり、これからの目標を見失ったり

とても悲しく辛く苦しく感じていたのですが、

それは、
本来の身体の痛みとは別の
そして、自分自身が生み出した幻想の世界の苦しみだと悟ったのです。


そして・・・、
<続く>


※当然のことながら、このブログはあくまで私の個人的な解釈です。


関連シリーズ
⇒「 もうひとりの自分・無意識 」





「ご訪問いただいた方へ」
一日一回、3つのランキングボタンをそれぞれクリックしていただくと有り難いです。


ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングへ

永正寺護持会報106号

2012.4.17

永正寺護持会報106号ができました!

3.11 東日本津波原発大震災1周忌法要
3.25 観音仏名会『大久保ナオミさんコンサート』『劇団希望舞台「釈迦内柩唄」主演 有馬理恵さん一人舞台』
4.8 ヒーリング・フラワー・デーと『川畠成道さんスペシャルコンサート』
などの報告と

5.27 『劇団希望舞台「釈迦内柩唄」扶桑文化会館公演」について

などの記事があります。


よろしければどうぞご覧ください♪

会報106
会報1062



PDFファイルでこちらから →永正寺護持会報106号

私が書いているところは(岳)としてあり、
住職の場合は(定)としてあります。









「ご訪問いただいた方へ」
一日一回、3つのランキングボタンをそれぞれクリックしていただくと有り難いです。


ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングへ

痛みを感じているのは、一体誰だ!?

2012.4.24
⇒前回からの続きです。


臨済禅師

「 私が、いろいろごちゃごちゃ考えていたこと、思っていたことは幻想だった。
  そして、その幻想こそが現実の自分の全てだと思っていた。

  それは間違っていて、
  ただ単に、痛みを感じていることこそが、現実の全てなんだ! 」

と、ついに悟りをひらきます。


そして、その瞬間
今まで自分が自分自身の全てと思っていたものが、幻想であったことに愕然とします

「 私は、本当の痛みを感じていなかった。
  本当の痛みを感じていたのは一体誰だ!? 」



臨済禅師は、
自分自身の中に、「 もうひとりの自分無意識 」がいることに気付くのです。


私は、叩かれている間
辛かったり悲しかったり苦しかったりしたのですが、
そんなこととは関係なくただ痛みを感じている、もうひとりの自分無意識



後に、臨済禅師が、
修行僧を前に説法をした内容が「臨済録」に残っています。


『 赤肉団上一無位の真人有って、常に汝等諸人の面門より出入りす。未だ証拠せざる者は、看よ看よ。』

現代語訳
「 この肉体には無位の真人がいて、常にお前たちの顔から出たり入ったりしている。まだ、これを見届けておらぬ者は、 さあ看よ! さあ看よ! 」


いかがでしょうか?


この「 無位の真人 」とは、
まさに、「もうひとりの自分無意識」のことなのです。


そして、
孫悟空お釈迦さまの掌の上で得意になって動き回っていたことのように、
⇒参照①「私は孫悟空!?」  ⇒参照②「無意識には逆らえない」


もうひとりの自分無意識の大きさに気づくのです。
<続く>



※当然のことながら、このブログはあくまで私の個人的な解釈です。


関連シリーズ
⇒「 もうひとりの自分・無意識 」





「ご訪問いただいた方へ」
一日一回、3つのランキングボタンをそれぞれクリックしていただくと有り難いです。


ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングへ
プロフィール

中村建岳

Author:中村建岳
お越しいただきましてありがとうございます。
文字ばかりのブログですが、どうぞお付き合い下さい。

リンクフリーです。

私のお寺のホームページは⇒こちら
です。

⇒こだわり住職 なるほどアイデア情報局
⇒良縁 寺カフェ
ブログもよろしくお願いします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カレンダー
03 | 2012/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。