永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

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主従関係

2010.11.1
前回からの続き の前に

虹

虹です!
今朝、我が家をでた途端。西の空一面に大きくくっきりしたがっ!
肉眼では、完全な半円がくっきり見えました。
また、完全な半円が見えるくらいの
視界を遮る建物がない田舎!?住まいの私。

はともかく

11月の始めの日。気持ちの良い朝でした♪

といっても、今日は大忙しで、お世話になった修行道場の行事の加担(手伝い)と、自分のお寺の仕事と掛け持ちで飛んで回っていました。でも懸案の仕事もひと段落したり、お世話になった方へのご挨拶もできたり、充実した一日となりました。良かったです。



<改めて前回からの続きです>

私たちは誰しもが、自分の中に「無意識」という他人同居しているのです。

では、「私」と「無意識」。
どちらが 「」 でどちらが 「」 でしょうか?


例えば自動車学校に入校したことを思い出してみてください。

最初に車を運転しはじめた時どうでしたか?

私は必死になって運転する手順を覚え、それを懸命に実現するように努力します
しかし、その複雑さに混乱しなかなかうまくいきません。おまけに隣の教官からいろいろいわれ余計に混乱します。


それがいつの日か誰でもできるようになります。できなかった運転が、出来るようになるのです。

この出来るようになることは、実は、

ができなかったことを、「無意識化」することによって出来るようになるということなんです。


逆の表現をすると、
 がやっているうちは 出来ないんです


これは車の運転に限ることではありません。
どんなものでも新しく習得しようとするとき、「意識」であるがやっているうちは、ぎこちなくなかなかうまくいきません
それが「無意識化」されたとき初めて出来るようになるんです。

歩くこと一つとっても、「まず右足出して、次に左足出して、それと同時に両手をタイミングよく振って・・・」などと本当に意識してやってみたら、出来ることも出来なくなります。


」が私自身を動かしているのはほんの僅か。動かしてもすぐスタミナが切れたりぎこちなくなったりします。

本当は、「無意識」 が
私自身を動かしている
のです。
<続く>





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「君に届け」

2010.11.2

映画の感想です。
先日、前の職場の友人に誘われて映画を観たのです。

君に届け

多部未華子さん、三浦春馬さん主演の青春学園ラブ・ストーリー!?です。
大ヒット原作コミックがアニメ化され、それが今回実写映画化されたとのことです。
私は原作コミックのことも映画のことも何も知らない状態で観てみました。

映画を観て一番印象的だったのは、
何といっても三浦春馬さんの爽やかな笑顔でした。
男性の私から見ても完璧で素晴らしい笑顔でした。
本当にマンガのキャラクターがそのまま出てきた雰囲気の人が、実際にいるのだなぁと感心し、
驚きました。

「あの子、○○らしいよ~」
と悪意のある噂に翻弄されるくだりでは、
そのたかが噂に振り回され、真剣になっていた自分自身の学生時代を思い出して、懐かしくも泣きそうにもなりました。

今から思えば、稚拙なこと と思いますが、そのような経験をしてこその今があるのだと感じました。

映画のストーリー全般を通じてとても爽やかで、観了感!?も心地良かったです。

それから
この映画の主人公、その周りの人たち、そして悪役!?の人も含めてみないい人ばかりでした。
三浦春馬さんの役に至っては、
自分を必要以上にアピールせず、素直で爽やかで素晴らしく完成度の高い、まさに理想的な人」でした。

これは、日本ハムのダルビッシュ有 投手や、ゴルフの石川遼 選手などを代表とする
今の若い世代全体が求める理想像なのだなぁと感じました。

これが私たちの世代、第二次ベビーブーム世代のヒーロー像は違ってきます。
もっと自分をアピールし、困難を克服し、なんとしても想いを実現させるという雰囲気をもっていました。
より上の世代にいくほどこの傾向は強くなると思います。


時代が求める人間像は変わっていっている。
まさに映画は時代を映す鏡だと思いました。



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主従関係2

2010.11.3
前回からの続きです。

私たちは誰しもが、自分の中に「無意識」という他人と同居しています。
どちらが「」で、どちらが「」なのか。

「私」は自分自身を支配し、動かしているつもりになっていますが、
実は、その最終決定は「無意識」が行っていて、
」だけでは一時的にしか私自身を動かすことができません

それでも指示しているのは「私」だから、「私」が主人だろう

と思いたいところですが、

それは、「無意識」から指示を送られていることに、「私」が気付いていないだけなのです。
いやむしろ、「」を無視して、「無意識」が勝手に動いているのです。

「お腹すいた~」
「眠い~」
「さぼりたい~」
「楽しいことしたい~」
「あの人好き~」「あの人怖い~」

その指示をうけて「私」が具体策を考えさせられているとも言えます。
また、その「無意識」をなんとか制御しているのが「私」です。

つまり主は、主人は「無意識」で、従、家来は「」なのです。

あるいは
」は、無意識が支配している私自身に、一部寄生しているかのような存在。
とでも言えるでしょうか。

つまり、もともと私自身を思い通りにするようにできていないのです
にもかかわらず、私たちは、「」が私自身の全てであるかのように思いこんでしまっている

この思いこみが様々な苦しみをうみだす一因となっています。



そして「私」と「無意識」の不調和状態がまさに「ストレス」だと言えます。

それに対して、その究極の調和を目指すのが仏教であり、その究極の調和の完成悟りなのです。



この内なる他人そして主人である「無意識」との不調和。
「私」と「無意識」、この「二人」の性格が全く違うことが大きな問題なのです
<続く>




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「大草原の小さな家」

2010.11.4

♪ DeAGOSTINI~ ♪ ♪ ディアゴッス ティーニ~ ♪
創刊号特別価格790円っ!

のCMって、ついつい
「あっ、欲しい~」
と思ってしまいますよね。
これまでは、でも本当に欲しいものは無くて購入したことは無かったのですが、

今回初めて購入しました。
大草原の小さな家

大草原の小さな家」です。

この作品はまさに名作だと思うのです。
それに、とても私の思い入れの強い作品なのです。

この作品が日本、NHKで放映されたのは1975年からで
当時4歳の私が見ていたかは定かでありませんが、

小学生になってからは毎週土曜日の夕方6時過ぎ欠かさずこのドラマを見ていたのです。

というのは、両親が小学校教員の家庭で育った 3つ上の姉の二人は、
テレビを週に一日しか見せてもらえなかった時期があったのです。
今ではあまり考えられませんが、当時そういう家庭は結構あったんですよね♪

私は姉と二人で、土曜日のことを「テレビの日」と呼んで楽しみにしていたのです。
それで、
6時過ぎから「大草原の小さな家
7時   から「日本昔かし話
8時   から「8時だよ全員集合!
を見て、
9時から始まる「Gメン」は怖いドラマだから、急いでテレビを消してお風呂に入って眠るのがお決まりのパターンでした。

とくに「大草原の小さな家」の主人公!?ローラメアリーが子どもなので、まるで友達のように感じながら、ローラたちが悩んだことを同じ目線で悩んだ気になりながら、相当な影響をうけてきたと思うのです。

我が家では両親のことを「お父さん」「お母さん」とは呼ばず、「父さん」「母さん」と呼んでいたのは、
間違いなくこのドラマの影響なのですね。

ただその時はかなり幼かったので、このドラマの全体を通してのメッセージ意味、その背景など理解できるわけもなく、今回その解説も含めての出版はとっても魅力的なのです。


ついでに、このドラマの影響かなぁと今でも思うことの1つですが、

「この小さな町唯一の商店の店主オルソンさんが、もちろん唯一の商店の店主だからその小さな町ではお金持ちだったんですが、破産の窮地に追い込まれます。理由は私が子どもだったので分かりません。それで、残ったお金をもってカジノに行くんです。それでなんとかお金を増やそうと懸命に賭けるのですが、お金はどんどん減っていく一方。
そしてついに、このオルソンさん。あまりの絶望感に、あきらめてしまいます。飲めないお酒を飲んで酔っ払いもうどうでもいいや とばかりに残り全額を一点賭け
すると、それを境に当たりに当たり、ついにはまた大金持ちになった

というストーリーがあったんです。
これが妙に強い印象があって私の頭の中に残っていて
それから困ったことがあると、すぐ、あきらめて投げやりになる傾向が・・・。

あっ、決して自分の悪いところをこのドラマのせいにしたいわけじゃないんです(汗)

ともあれ、とても影響をうけ、愛着のある作品なのです。
これから毎号とても楽しみです。




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性格の違い

2010.11.6
前回からの続きです。

私たちは誰しもが、「」と 内なる他人無意識」との二人が同居をしています
そして主人は「無意識」で、実は「」は家来なのでした。

この二人の同居。

結婚と違い、うまくいかないからといって別居や離婚をすることができません
あくまでもどうなろうとも運命共同体なのです。

しかしこの「私」と「無意識」。
決定的に性格と人格が違うため、しかも、「無意識」がやっかいなご主人さまであるために、
もともとそううまくいくようになっていません。

この性格と人格の違いについて考えてみます

これは、人それぞれに性格があるように、もちろん「」、「無意識」も個人差があり、みな同じというわけではありません。
しかし、「私」と「無意識」を比べた場合の傾向は、顕著な共通点があるのです。

」は、論理的な思考ができます。善悪の判断、計画性などがあります。
身体を一時的に動かすことはできますが、スタミナがありません。そして素直です。

これに対して「無意識」の特徴は真逆です。
思考は思いつき感覚です。その場での自分の生命を守る判断をしますが、道徳や倫理などの善悪の判断はできません
」が「無意識」の思考のイメージになると思います。その場その場での判断をするので計画性もありません。身体を動かす主導権を握っていてスタミナがあります。そして重要なのは素直ではないことです。わがままです。好き嫌いがはっきりしています。あと、保守的で、常習性があり、新しいことが嫌いです。

こんな感じでしょうか?
こんなやっかいな「無意識」と同居しなければならないのですから大変です。

無意識」は、「私」が得意な論理を理解せず押し付けようものなら、わがままぶりを発揮して強く反発するからです。


やめようやめようと思ってやめられない タバコ賭けごと
ダイエットをしようとしてもついつい間食してしまうこと。
新しいことばかりする勉強がいやなこと。
失恋した大好きな人を諦められないこと。


程度の違いこそあれ、人が人である限り宿命的な苦しみの原因といえるのかもしれません。


この「無意識」
上手な扱い方はないのでしょうか?
<続く>




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中村建岳

Author:中村建岳
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