永正寺副住職 中村建岳が、法話を推敲する過程で考えたことや、日頃感じていることなどを、そのまま素直に表現するブログ。

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小さな苦しみの取り除き方

2010.11.26
前回からの続きです。

『朝ふとんの中で目が覚めます。

「眠い~」
もう少し寝ていよう。
もうちょっと起きる気になるまで待っていよう。

としているうちにギリギリの時間になってしまいます。

あわてて起きて用意して
朝食を食べる暇がなく
おにぎりを車の中で食べるつもりで
コンビニへ。

するとレジがなんだかもたついていてイライラ。
こっちは、急いでいるんだっ
心の中で怒りを抑えます。

こんな時に限って、いつもより赤信号が多い気がする。

結局あとちょっとのところで会社に遅刻。

そして上司に大目玉。

あ~なんだか今日は何をやってもうまくいかない気がする。厄日かな。』



このような経験はありますか?
極端すぎかもしれません。


急いでいるときに限って
レジに並んだり、信号が赤になったりして
なんだか思うようにならない


これぐらいなら誰にでもあるかもしれませんね。


これらの思い通りにならない苦しみは、些細な小さなことかもしれません。
けれどもその小さな苦しみが重なってくると、どうにもならない苦しみになってしまったり、
大きな失敗をしてしまうことになりかねません。


思い通りにならない苦しみは小さなうちから、初期対応で取り除くことが良いのです。


ここで最初の遅刻の例を振り返ってみてみると

まず、「起きる気になるまで」という思いがあります。
コンビニでも信号でも「急いでいる」「早くしてよっ!
遅刻した時と上司に叱られているときは、例えば「あの時、信号が青だったら・・・」とか
最後は「今日はついてない日だな~

このように最初から最後まで、ずっとさまざまな「思い」が働き続けています


小さな苦しみを取り除くこととは、実は、
これらのさまざまな思いを無くしてしまうことなのです。
<続く>




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小さな苦しみの取り除き方2

2010.11.29
前回からの続きです。

前回の例話で、

まず、「起きる気になるまで」という思い
コンビニでも信号でも「急いでいる」「早くしなきゃ
遅刻した時と上司に叱られているときは、例えば「あの時、信号が青だったら・・・」とか
最後は「今日はついてない日だな~

などというこれらの思い。

これらの様々な思いを取り除くこと
実は、苦しみを取り除くことになるのでした。


もちろん
思い通りにならない苦しみを無くすには、
「思い通りにならない現実をより良く変えて苦しみを克服する方法」と
「その思い自体を無くしてしまう2通りの方法があるのです。

しかし、コンビニで並んでいて
早くしてよっ!
と怒ってみても、事態の好転は望めませんし、かえってお互い気分が悪くなるなど、確実により良く変えてしまう方法などないのです。
世の中にはどう考えたって、どう頑張ったって思い通りにならないことだらけなんです。


全て何もかも思い通りにしようと欲張らないで、
「その思い自体を無くしてしまって」苦しみを取り除きましょう。


仏教は、思いを無くす「」「」で苦しみを無くすことを最重要のテーマとして推奨しているのです。


前回の例話で具体的に思いを無くすことを考えてみます。

朝、目が覚めたときは、とにかく何も思わないうちに布団から出てしまいます
「起きたくない」「起きる気になるまで」「めんどくさい」と思うより前に行動してしまう
思いとの競争です。ついつい思いにとらわれているだけなのです。何も思わないうちに物理的に体を起して歩き始めればいいのです。

コンビニで列に並んだり信号が赤でイライラしたら、よくよく深く考えてみればよいのです。
そのイライラが全く時間短縮に貢献しないことを。
自分で自分を苦しめるだけの時間など無くしてしまえばいいのです。

遅刻した時と上司に叱られているときにも、過去のことをくよくよしても過去が変わるはずがないことを、よくよく深く考えてみることです。自分で自分を苦しめるだけの時間など無くしてしまえばいいのです。ただ、その現実(遅刻した、叱られている)を受け止めることに集中するのです。

「今日はついてない日だな~」わざわざ自分で自分を苦しめるだけの思いなど無くしてしまえばよいのです。


このように書いてみると全く当たり前のことなのですが、これがなかなかできていないのが現実です。
よくよく考えてみる余裕がないくらい、さまざまな思いにとらわれているからなのです。


思い通りにならないと感じているとき、苦しいと感じているとき、イライラする時。
ふとその思い自体が無くならないものかと考えるだけでも、その「余裕」が苦しみの緩和になります。
苦しみのとらわれから解放される第一歩になります。

そしてここで大切なことは注意しなければならないのは
「イライラしてはいけない!!!」「ついてない日だとか思ったらいけない!!!」などと自分を追い込むようなことを思わないようにするのです。

「思ってはいけないっ!!!」は、新たな苦しみを生みだすだけだからです。


まとめますと、
苦しいと感じているときは
その苦しいと感じている思い自体が取り除けないものか
よくよく深~く考えてみること


これを生活の中で繰り返すことによって、
小さな苦しみが無くなりやすくなっていきます。


つまり、思いにとらわれて苦しむという悪しき習慣が、少しずつ改善されていくのです。
<続く>




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「悟り」へ

2010.12.1
前回からの続きです。

小さな苦しみを取り除くこととは
その苦しみの原因となっているさまざまな思いを無くしてしまうことなのです。

ただ、
人は何気なく思いを廻らし続けているものです。
ふと気付くと、さまざまなことを勝手に思っているのです。

しかも、特別に嬉しいことや幸せなことがあるとき以外は
たいがい、思い通りにならない苦しみにとらわれていることが多いのです。

それは、嬉しいことや幸せなことがすぐ当たり前のこととなり
すぐに次の思い通りにならない問題ばかりが気になるという

なんとも残念
人間の本質的な習性に原因があるのでした。


そして私たちが
この終わりのない苦しみの堂々巡りをしている状態を、「六道輪廻」と表現しているのです。
(過去のブログ「六道輪廻シリーズ」をご覧ください)

それらの苦しみの原因となっている「思い」を無くすことができれば
六道輪廻」から解脱して
悟り」の世界へいくことができるのです。

皆さん。
小さな苦しみをなくすことから、一緒に「悟り」の道をめざしてみませんか?
<続く>




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思いの取り除き方

2010.12.3
前回からの続きです。

苦しみの原因である思いをなくして
「無」「空」の境地に至り
悟りの世界へいくことが仏教の究極目標です。

前回までに
この思いをなくす方法として
その思いを取り除くことができないものかよくよく深~く考えてみること
という提案をしました。

これだけでも、実は、かなり心を落ち着かせる効果があるのですが、

残念ながら後から後からわき出てくるような思いをなくしてしまうことはなかなかできません。

それは
意識して「思う」ことは、意識の働きですが
思ってしまうこと」は、「無意識」の働きであるからなのです。

当然のことながら、その制御、コントロールは難しいのです。

(過去ブログの「無意識シリーズ」!?をご覧ください)

無意識」には理屈や言葉が通じにくく機嫌を損ねるとすぐ反発する性質があるからです。


この「無意識」への働きかけ、そのコントロールについて
前回は触れていませんでしたが、実は有効だと思われる方法があるのです。

それは
ルーティン」です。

解説はいらないかもしれません。
もともとの意味は「決まり切った手続き、仕事」という意味ですが、

大リーグのイチローが、打席で最高の状態を作り出すために、
毎回同じ動作を繰り返すこと。
その精度を高めるために
朝目覚めてから試合に入るまでなど、
多くの決まり切った手順、動作を大切にしていることが
「ルーティン」の言葉とともに良く知られています。

言葉が通じにくい「無意識」に
決まり切った行動という合図を送り
自然に条件反射のように求める状態を作り出すというものです。

このような非言語のアプローチの工夫をすることが大切なのです。


それでは、仏教では
どのようなアプローチで、
苦しみの原因となっている思いを取り除き
その究極目標となっている「悟り」を目指そうとするのでしょうか?
<続く>



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「放下著」

2010.12.8
前回からの続きです。

仏教は、
苦しみの原因となっている思いをなくしてしまうことを
推奨しています。

苦しみの原因となっている思いであれば、全て徹底して捨ててしまうのです。


禅語で、「放下著」(ほうげじゃく)というお話があります。

『昔、中国 唐の時代、厳陽尊者(ごんようそんじゃ)が趙州和尚(じょうしゅうおしょう)に尋ねました。

「わたしは何もかも捨て去って、一物も持っていません。そういう時は、どうしたらいいでしょうか?」と。

すると趙州は答えました
放下著」(捨ててしまえ!)

自分では何もかも捨てているつもりの厳陽尊者はびっくりして尋ねます。
「既に何者も持っていないのです。それなのに捨て去れといわれても何を捨てればいいのですか?」

趙州はこれに対して
「それじゃあ、担いでいけ!」 』

というお話です。

いかがでしょうか?


さまざまなこだわりや思いをどんどん捨てて行って、もう何もない。
もう何もないのだけれど、「もう何もないという思いが残っている

そのもう何もないという思いが、苦しみの原因となっているならば

放下著!!!」(捨ててしまえっ!!!)



苦しみの原因となっている思いやこだわりを徹底して捨て去ることが究極の目標です。


そして、捨て去った後、
残るのものは、


苦しみのない、「自由な心」なのです。
<続く>



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